ココロの拠り所

くすぶっている人々にスポットライトを当てて「人生の主人公は自分」、そう思える人を増やしたい。逆境や失敗はバネにして、自分自身に問いかけながら前に進むためのブログ。

「あなたの役割は?」と問われたらなんて答えますか?当たり前の価値に気づけたという価値

こんばんは!

 

コミュニティづくり、地域活性、人材教育、ブランディング、の方面で活動中の吉田です!

 

 

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ここ3日ほど、”地域活性”のために何が必要なのか?を知るために、飛騨高山に行って、先をいっている人の知恵や経験などを聞いたり、現場を実際に体験してきました。

 

僕の最終ビジョンは”人生を再スタートさせる村をつくる”、で

そのために地域活性に関してのインプットがもっと必要なので動いています。

 

その中で地域活性という文脈と、個人のやりたい事の明確化、で重なる部分がありました。

今日書いていくのは、”失って初めて気づくこと”、について。

 

地元は好きですか?

 

地元に帰ると、小さい頃に家族と過ごしたり友達と遊んでたりした頃を思い出しませんか?

 

僕は神奈川県の横浜市に生まれて、小さい頃は、近所の商店街でカードゲームの大会に出たり、友達と公園でクワガタをとったりしてました。

 

懐かしい、、

 

基本的に思い出すのは楽しい記憶ばかりかなーと思います。

 

じゃあ、幼少期のあなたに少し戻ってみてください。

その地元の良さ、楽しさをどれだけ伝えられますか?

 

僕の(私の)地元は他の地域と比べて、こんな特徴があって、○○や○○がめっちゃ良くて

その背景にはこんな歴史があるんだけど、それもあって○○な県民性で、だからそこで暮らしてるとこんな楽しさがあるんだ!!

 

…なんて伝えられる小学生はまー、いませんね笑

 

当時は、とりあえず楽しかったり、のびのびしてて、それが普通で当たり前。

”当たり前”という事は、その価値をしっかりと認識していない状態だと思います。

 

もう聞いた事ない人はほとんどいないぐらい、日本は世界でも最先端をいく人口減少、高齢化の社会。その流れの中で、もう自治体が維持できないような地域もある。

 

色んな思い出や愛着のある地元が廃れていってしまうことがあったら、寂しいですよね。

地域活性の分野で奔走している人はそんな風に失われていく事に対して危機感を抱いている人たちでした。そうやって失われつつあるからこそ、復活させたいと思う。

地元で暮らしていた時には気づかなかったけど、都会に出て、しばらく過ごしているうちに、やっぱり地元ってめっちゃ良いよねって事に気づいたそうです。

 

とはいえその人たちは楽しみながら、でもはっきりとした目的意識を持って新しいものを生み出していました。

 

都心部は地方に比べて人と人との繋がりが希薄?

 

いますぐに客観的なデータとかを出せるわけではないんだけど

都心で暮らす若者の中には、地方に行く事で、人と人の密な繋がりを感じて、

そんな地方が好きになるってことがよくある気がしています。

 

僕はこのタイプ。家族で東京に引越しして10年ほど住んでましたが、今は東京に戻ろうとはあまり思っていません。

 

モノに溢れてて便利な社会ではあっても、人と人が深く繋がれるコミュニティが失われていっている状況なのかも、、

 

あなたが大切にしたいものに気づけたキッカケはなんですか?

 

譲れない信念だったり、ずっと大事にしている価値観はありますか?

もしそういうものがあるとしたら、それはいつから、どんなキッカケで出てきたものですか?

 

僕はずっと”居場所”を大切にしてきました。

それはこの「ココロの拠り所」のブログの1記事目からもずっと。

 

なぜそれを大事にしているかというと、

小学5年生の転校をきっかけに失ってしまったから。

 

小学校4年生までは居場所があることなんて当たり前でした。

居場所のない人の気持ちなんてわからなかったし、きっと視界にも入っていなかったぐらいかもしれません。

 

でもその経験があったからこそ価値に気づいたんだと捉えています。

もし小学4年生に戻れるとしても、また転校を経験して、色んなものの大切さに気付かされたいと思います。

 

 

もしあなたが地元を良くしたい、だったり

自分の中で大切にしたい信念があれば、それはどこかのタイミングで何かを失った経験からきているのかもしれないですね。

それは、居場所かもしれないし、夢、楽しさ、優しさかもしれない。

 

それの価値に気づけたのは、あなただからこそだと思うし、だとしたら、

そこの分野で何かを目指すのは、あなたにしかできない役割なのかもしれません、、!

 

そしてこれから、新しく気づく価値もたくさんあるんだと思います。

ちなみに僕は”時間”がどれだけ貴重なものなのかを今、実感しています笑

  

そんな感じで今日は、夜のテンションで書いてみました。

 

ちなみに、こんな感じのことでも良いし、何か話したい、語りたい、などあればシェアできるような交流会を月1でやっています。

興味のある人はそこででもまた話しましょう^ ^

 

http://kakekomi_koryukai.pagedemo.co

 

久々に書きました。今もこれからも大事にしたいスタンスや、大学生活で身につけたい○○力など

おはようございます!

 

コミュニティづくり、地域活性、人材教育、ブランディング

の方面で活動していく吉田です! 

 

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写真を撮るのがへたくs…

いやいや、臨場感ある写真です

 

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サービスエリアで食べた玉ねぎラーメン

 

かなり久しぶりの更新。

 

ちょっと思い出すために前回の記事を見てみると、”非日常”がテーマの記事でした。

 

 

careersekkei.hatenablog.com

 

 

もっと過去の記事は「月別アーカイブ」だったり、カテゴリーのところで「価値観」「失敗経験」「成長」「気づき」とかジャンル分けしてるのでもし興味があったら、(もしくは暇すぎて死にそうな時にでも)読んでもらえると嬉しいです^ ^

 

前回の記事が4月2日で、そのあたりから休学が終わって復学。昨日はゼミから始まり6,7限まで授業でした。

夜に授業はしんどい、、

そこから帰宅して書いてたら寝落ちして今に至ります。

 

さて、こんな大学生活もあと1年かーと思うと、色々と思うことがある。

 

それを少し振り返りながら、今日は大事にしたいことの一つ、”受け入れる”ことについて書いてみます。

 

大学生活は人生の夏休み?

 

いつだったかは覚えてないけど、誰かとの会話の中で、大学生活は「人生の夏休みだ」と聞いたりすることがありました。

やりたい事をたくさんやって、遊んで、、

そういう感じかな。

 

そんな風に自由に過ごすのは、めっちゃ良い事。

ただ、それと同時にそう過ごした先が将来に繋がっていることも大事だと思う。

 

そうでなければ、本当に”夏休み”みたいに”1年のうちに一回で終わったらもう来ない”みたいな期間になってしまうから。終わったら自由度はもうない、みたいな。

 

だからどっちかというと、”夏休み”というよりかは”準備期間”みたいなイメージを持っています。「大学生活は人生の準備期間だ!」という話はあんまり聞く事がない。

 

 

こんな風に書くと、就職活動のために、資格とって勉強して、、みたいな風にも捉えられてしまうけど、そうではなくて。自分が欲しい結果に対してどんな準備が必要か、という事。

 

例えば、僕は2018年は、人材育成と地域活性の分野でやっていくので、そのためにどんな準備が必要か? これ、これ、これをこれだけやって、、、みたいな。

前回ブログ書いてから1ヶ月空いてしまったけど、その間とかはずっと準備でした。

 

もちろん

 

就活の時期が来て初めて将来について考え出す、みたいな状態で4回生になっても、手遅れとまではいかないけど、だいぶ選択肢は狭まってしまうというのはありますよね、、

 

だから、多くの人がもっと早い段階から、経験を積んで、スキルを身につけよう、となっていく。

 

プレゼン力、教育力、リーダーシップ、語学力、、色々あるけど何を高める?

 

ただ、「スキル」と一言で言ってもいろんなものがあります。

そこで、どんなところを目指していたとしても、根本的に大事なのは”人を喜ばせる力”

だと思っています。

 

これはきっとほぼすべての人に共通してる。細かく分けるともっとしっかりと分類できるけど、本質はそれなんじゃないでしょうか。

 

どれだけプレゼンが上手くても、人を不幸にしてたら、そこに価値なんてないですよね、、

逆に、爪を切るのがめっちゃ早い、とかそういうしょうもなさそうなスキルだとしても誰かを幸せにしていたら、価値はある。

 

これをいかに高められるかが大学生活で重要だと思っています。

 

あと、考え方としては、ゴールに対して必要なもの。

 

 

例えば、地域活性をしたいのなら、地域がどのような状態であるのが理想なのか。そこに対して、自分の身の丈はどれぐらいなのか。いまの自分はどれだけ地域を良くできるのか。

 

 

そんなことを考えながら、自分のできる事、いまの状態・結果を受け入れる事も大事だと思っています。今を受け入れるからこそ、次に進める。

 

だからこそ、僕たちが作っていくチームではこの、”受け入れる” を大事にしていきたい。

 

人それぞれ、色んな背景がある。だからこそ色んな価値観があって、それを、

受け入れる

そして、今の結果を

受け入れる

それによって未来が少しでも明るくなるように。

 

これかな、、!

 

書きながら自分でなかなかしっくり来てます。

 

もしあなたが行き詰まる時があったらぜひ、人や、現状を、受け入れてみたらより前に進むかもしれません。

 

そんな感じで今日は終わります。

今日も1日はりきっていこう!^ ^

「普通であること」に違和感を感じる人に考えてみて欲しい。非日常って何だろう?

こんにちは!

居場所づくりをテーマに活動中の吉田です。

 

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4月から住むところ。

3月末に今の家の退去が決まっていて危うく家なき子になるところを助けてもらいました…

 

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先日開催した交流会

 

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 交流会からの帰り道

 

 

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京丹後を舞台に地域課題を解決するモデルを考えるプログラム。

福祉施設の職員さんにヒアリング。

 

 

最近してたのは、交流会、引越し、地方創生のアイデアソン、といった感じ。

引越しに関しては荷物が運びきれなそうだったり住むところ見つからなかったりだったけど、やっとその不安から開放されました。引越しって大変ですね、、

そんなこんなでやっとブログが書けました。

 

4月からは休学も終わり復学。この1年間で得られたこと学んだことを踏まえてこの先1年をどう過ごしていくかを設計中です。

 

ひとつ、テーマにしたいなと思うのは、”非日常”

 

普通に何かしててもつまらなさそうだし、非日常が好きなんですよね。

 

これはたぶん、人それぞれ違うはず。

あなたにとっての”普通”や”非日常”なものはなんでしょうか?

 

僕が思う非日常的なものはたとえば、

「できるかできないかわからない、絶妙なラインに挑戦すること」

「日常にはない空間」

とか。

 

 

 

出来ないことが出来るようになると楽しい

 

イメージは初めてのアルバイト。「働く」という初めての経験ですよね。

会う人もやる事も、それまでとは全く違う環境で、新しくできることを増やしていく。それって結構楽しいものだったんじゃないでしょうか。

 

僕は朝のファミレスでひたすらモーニングメニューをつくっていました。「朝なら任せろ!」って感じ。

 

あと、僕は特に、苦手だったものがちょっと得意なことに変わったり、解消されたりすると達成感があります。

 

3回生のときとかは、「人混みが苦手だから、人がめっちゃ集まるところで慣らそう、、!」と思い、やったのは音楽フェスの4泊5日住み込みのでスタッフをするバイトとか。約5万人の来場者数で、その後は実際に人混みが苦でなくなった経験があります。面白いデザイナーさんと一緒の部屋になったりして楽しかったです。

 

僕にとって”非日常”のひとつとして、出来ないことや出来ると思えなかったことが出来るようになる、実現する、そんなイメージ。

 

初めてのヒッチハイクで感じたこと

 

思い返せば、ヒッチハイクをしたときもそうでした。5時から初めて目的地に着いたのが22時半。

 

見知らぬ人と挨拶を交わして、目的を伝えて、乗せてもらう。

 

「まったくの他人とでもこんな風に話せるんだ」

「人って意外と優しいな」

「スケッチブックとペンだけでこんな距離を移動できるとは…!」

みたいな事を感じたり

見知らぬヒッチハイカーと出会って一緒に夜道を語りながら歩いたり

流れで僕のじいちゃんばあちゃんの家に一緒に泊まることになったり笑

 

そんな非日常的な経験でした。

 

移動距離は東京-大阪の約500km。

じゃあ、「一回成功したから、次は日本一周ぐらいするか!」となったかというと、、

意外にそうはなりませんでした。

 

なぜかというと、自分が今まで「周りから与えられてばかり」ということに気づいたからです。

 

見知らぬ自分を車に乗せてくれて、優しさにすごく感謝だし嬉しいけど、「乗せてくれた人に自分は何を与えられんたんだろう?」というのがわからなかったんです。

 

もともと、自分を変えようと思って臨んだヒッチハイクでしたが、これといって変わることは出来ず。その代わり「与える側になりたい」と気づけたのがこのとき得られたことです。

 

 

色んな人に非日常的な経験を提供したい

 

そんなことがあったので、僕にとっての非日常のひとつに、"自分が人を幸せにする側にまわること"があります。

 

それをどうカタチにしていこうか構想してるところですが、少々ハードルの高いことの方が目指してて楽しいだろうなと思ってます。

 

できるかできないか絶妙なところを攻めていきたい。

やりたい事があっても、妄想だけで終わったらつまらないし、かといって簡単なものをやっててもつまらない。最終ゴールは村づくり。

まだ未完成な部分もあるので、色んな観点を取り入れてやっていきます。

 

あなたにとっても、”こんなことができたら非日常的な感覚になりそう”というものがきっとあるはず。何が出来なくて、何を出来るようにできたら、テンションがあがるのか。

そんなことを考えてやってみると、新しい発見が増えるかも、、!

人生って面白い! なぜあなたの心は動くのか、、?

 こんにちは!居場所作りをテーマに活動中、吉田です。

 

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いつかの晩御飯。

キムチ焼きそば、もやしと鶏肉の炒め物で一食200円ぐらい。

自炊がんばろ…

 

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学生と地域の人とで一緒にやっている喫茶店におじゃましてました。

 

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 おととい開催していた交流会の様子

 

 

 

 

突然ですが、あなたはどんな時に心動かされますか?

 

たとえば、すごい感動するとか、テンションが上がる、とか。そんな場面がくるとき。

 

ぱっと思いつくのが映画とか。

 

あれってなんで心動かされるんだろう?と思いませんか?そこにはしっかりとした理由がありそうなんです。

 

 

ギャップやコントラストに人は惹かれる

僕自身もそうなんですが、そもそも人は”コントラスト”に惹かれるらしい。

 

前にTEDのスピーカーの話を分析した本を見つけてそれを読んでいたのですが、そこに書いていたのは、

「人はおのずと対極にあるものに惹かれる。」

「現在の姿と未来の姿とのギャップや

ある視点と別の視点とのギャップなど。

対極にあるものとを行き来することで、コントラストが生まれ、エネルギーが生まれる」

というもの。

 

なるほどなるほど。

 

確かに、振り返ってみると心動かされたり、面白いと思うのは、いつもそうでした。

 

僕が小学生のときは漫画が結構好きでよく読んでました。特にドラゴンボール、MAJOR、D.Graymanとか。(ドラゴンボールに関しては、好きすぎて小学生の夏休み期間に1巻から42巻を1日で読んでしまったことがあります。)

 、

その共通点として、

主人公が紆余曲折を経て、成長したり、なにかを成し遂げる

とかがあります。

 

これって実際に人の人生にも当てはまると思うんですよね。

 

漫画や映画はフィクションの世界だけど、リアルでも漫画/映画ばりに色んな経験をして面白く生きてる人っていると思うし、逆に今までパッとしなかったから、面白くしたい!でも全然良いと思います。

 

そんな風に考えると人の人生ってめっちゃ面白いと思うんですよね。

 

だから、

「人生なにがあるかわからないよね」

「そんな世界もあるんだ!」

みたいな発見を常にできたらめっちゃ面白そうじゃないですか?

 

同じことの連続だと刺激が足りない

違う人と会うとか、人がどんどんと(良い方向に)変化していくとか

そういった変化がないとつまらなくなっていく気がします。

 

人が漫画とか映画とかドラマにはまる、というのは、新しい刺激を求めてるからなのかもしれないですね。だから変化をつけたい。もし人生が映画みたいに進んでいけば、毎日が刺激的になるかも。 

 

もし退屈さを感じるときがあれば、色んな人とかかわりながら人の人生を映画みたいに捉えてみると、見方が変わって面白くなるかもしれないですね。

悩んだ分だけ、人は伸びる

おはようございます!

居場所づくりをテーマに活動中の吉田です。

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ミーティング時の1枚。机だけじゃよくわからないですね。。

 

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昨日買った「野菜たっぷり玉子春巻き」

半額でなければほぼ買うことの無いやつ笑

 

 

 「何もできない」

昨日、ミーティングをしているときに、ふと僕が1,2回生の頃って何をしてたかなーと思い出していました。

頑張ってたことといえば、

 

大学の勉強をまじめに頑張る

色んなアルバイトをする

就活イベント行く

情報系の国家資格を頑張ってとる

人間の臓器の変形をコンピュータで解析する研究をする。

(こういう表現をするとすごそうに聞こえますが実際にすごそうに言ってるだけで大して中身はありません)

 

みたいな感じでした。(サークル2つ掛け持ちしたり、遊んだりもしてましたが、、)

そのとき、なぜ頑張っていたと思いますか?

大きな理由は、

 

就職活動の面接で人事としっかり会話をする自信が無かったから。

 

です。

え?そんな理由で?って感じですよね。

 

履歴書を充実させられるような経験を積んでおかないと、それっぽい事を書けないと、人事の人とまともにしゃべることができないだろうから、人生やばいと思っていました。

 

それぐらい、”何もできない”と思っていたんです。

 

なんでこんなことを書いているかというと。

最近、大学生から「何も進んでない」とか「何もできない」

ということを聞いたりします。

 

でもそんなことは絶対に無いんですよね。

今はそう思ってます。

なぜかというと、僕自身「何もできない」と思っていたけど、実際できる事は見つかったし、大学に入ってからかなり見える世界も変わって、できることも増えました。

そんな経験があることも理由の一つですが、他の理由として

 

そもそも、そんなに悩んでるから。

 

その時点で伸びしろがあると思うし、その人は絶対に変われると思います。

今からできる事も必ずある。

 

伸びしろはめっちゃある

本当はどうしたいのか?どうなりたいのか?

明確か明確でないかはわからないけど、少なくとも潜在的にそういうことがあるからこそ、

”悩み”が生まれてくるんだと思います。

 

中には、

「何もできないなあ。でもこのままでも良いや」

そう考える人もいるはず。

でもその考えのままだったら、自分の持ってるものにも気付けなかったり、周りの情報にアンテナを張ることも、自分から何か新しいことをやってみることも、しないかもしれません。

だったらきっと何者にもなれない。

「何もできない」と考えてる今から1年経った後も、3年後も10年後も同じ。

「何もできない」ままです。 

 

たとえ、今は明確な理想像がなくても、表に出てないだけかもしれない。

ただ、何かを変えたいという気持ちがあるのなら、絶対に変われる。

 

世の中に「絶対」ということは無いので、100%というのは無いかもしれないけど。

ただ、その人の周りの誰もがそう信じてくれなくても少なくとも僕自身は、僕がつくるチームでは、そう信じたいと思ってます。

 

もし「できることが何もない」と感じてしまうときがあれば、誰かと一緒にぜひあなたの持ってる色んなものを見返してみてください。少しでもできることや、あなたしかできないことが見つかるはず、、!

"引きこもりたい時"ってあるよねという話

こんばんは!

居場所づくりをテーマに活動中の吉田です。

 

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4月から住む家を探し中

 

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ブログを書いてるところ。

最近、健康に良さそうなので豆乳をめっちゃ飲んでます。

 

ところで、あなたはこんな経験ありませんか?

「何か動きたくない。 動かないといけないと頭では分かっているけど…」

現在進行形でそうかもしれないし、昔そうだったのかもしれないし、わかりません。

今日はそんな人に向けて書いてみたいと思います。

 

人それぞれ

僕は今は学生なのでもちろん、普段接するのは学生がほとんど。

そんな中で、ガンガン動いてる人とも、そうでない人とも会います。

 

日々、高速でPDCAをまわしている人と会うと、「自分ももっと動こう!」と刺激になることもあります。

 

それとは対照的に

 

「何か、だらけてしまうんです」

「やらないといけない事があるとわかっているんだけど…」

 

みたいな話を聞くこともあります。

そんなときに思うのは、「人それぞれだよなあ」ということ。

 

引きこもることが悪いことだとはあまり思わない

こんな事を書いていますが、僕が今、”引きこもってて良い” と言い訳をしたり逃げ道を作りたいわけではないです。僕自身については、今は引きこもって良いわけがないし、ガンガン動き続けなければいけないです。

 

でも、他の人に対しては、「何かに踏み切ることに対して腰の重い時もあるよなあ」

と思うんです。

 

まだやりたい事が見つかっていなかったり、

個人的に何か辛いことがあったり。

“動きたくても動けない”、みたいなことは普通にあると思っています。

 

だから、人によるけど「動け!」とはあんまり言いたくない。

 

「宿題しなさい!」と親から言われたら何かやりたくない、となりませんか?

それと同じ感覚かもしれないですね。

 

動きたいときに動けば良い。

 

 

どんなに小さくても一歩は一歩

 

僕は、その人が0.000001mmでもいいから、

どんなに小さな一歩でもいいから、前に進めばそれで良いと思っています。

 

人生で、”どこまでいけるか”、は ”どこまでいきたいか” 次第で決めたら良いと思うので、周りがとやかく言う事はない気はします。

 

別に、30歳で夢が叶おうが、40,50,60歳で夢が叶おうが、構わない。

(「夢」というと、叶わない前提のようなイメージがあるんですけど、そこらへんは色々と考えがあります。これについて書くと長くなりすぎるからまた今度。。)

 

ただ、人生が終わるときが来たときに、振り返ってみて

“自分でOKをだせるかどうか”、は大事にしたいと思っています。

その時に「良い人生だったな」と思えるかどうかで後悔は生み出したくないなと思います。

 

色々と考えていくと、20代の過ごし方は大事だというのは間違いなく思うので、動けるだけ動いた方が良いとは思います。でも、そうしなければいけない、ということもありません。

 

成長は曲線的!?

 

人の成長って指数関数的に早くなっていくものだと思います。

だから、僕が人のサポートをする時は、そのタイミングを待ちながら、ベストな関わりをし続けるだけ。

 

とはいえ、いつまでも0.000001mmしか進まないという状況が続くことは無くて、どこかでスピードアップするということは信じています。

 

どこまで進めたいか

結局、考えてみると、何を目指して、そこに向かってどこまで進みたいか

ということに行き着きそう。。

 

例えば、電車にのってどこかに出かけるとき、

「何駅先までいこうかな」

「県をまたいでもっと遠くにいこうかな」

とか、

ゲームをするときに、

「どのステージまで攻略しようかな」

とかとか考えることと同じイメージかなと思います。

 

自分のスイッチは入れたいときに入れたらいいし、あくまでも自分がどうしたいか次第。

 

僕は、どんなスピードの人に対しても合わせられる人で在りたいのと、

良いスタートダッシュをきるための準備運動ができるような居場所をつくっていきたいと思います。

あなたにとっての正解は何ですか?

こんばんは!

吉田です!

さっきまで夜の大学のキャンパスでつらつらと書いていました。

 久しぶりの投稿です。

 

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4月からシェアハウスをするので物件を探し中

 

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 いつか忘れたけど夜に友達と食べに行ったラーメン

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賢者屋で今後のプロジェクトの作戦会議

 

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 久しぶりの自炊。ねぎ焼きとオムそば。家に最近住んでる友達につくってもらいました。

 

最近はそんな感じで生きてます。

uverworld の「ナノセカンド」が好きなんですが、その中で

「正解も不正解も無い」という歌詞が気に入ってます。

やりたい事をどうカタチにしていくか、とかそもそも何やるか、とか迷う事はあると思うけど、そんな相談に乗っているときにも基本的に正解なんて無いなと感じます。

 

ずっと誰かの用意した正解を探してきた

あなたは、勉強は好きですか?

僕は好きでは無いんですけど、どうやったらテストで良い点を取れるか考えて作戦を練ってやる事は好きでした。これをこれだけやれば80点ぐらいいくだろうという算段を立てて、実際にうまくいくと嬉しいんですよね。

今まで、中高大と両親の教育方針もあって、途中まで割とレールに乗ってきました。

「良い高校に行って、良い大学に入って、良い会社に行ったら、幸せになれるよ」

的なやつです。

そんな中で、誰かの用意した正解を出す、ということに慣れてしまっていた気がします。

 

でも、基本的に ”正解・不正解なんてない” と強く思う、、!

基本的には。。

 

ただ、少なくともこれは不正解だというのもあると思っています。

 

誰かが「これが正解だ」といったものを鵜呑みにしてしまうこと

人を信じる事は良い事だけど、いったん受け入れてから、疑う、というプロセスが必要だと思います。なぜなら、それが無ければ、自分の意思がなくなってしまうから。誰かの言うとおりにしている時点で自分の人生ではなくなってしまう気がします。

 

やりたい事が明確なときに別の方向に行ってしまうこと

例えば、ピアノの先生になりたい、という人が水泳の練習をしていたら不正解ですよね。

背筋も肺活量もピアノを教える分にはいらないです。

 

僕だったら、その人”らしさ”や”色”が出せるところまで成長することに貢献したい。

だとしたら嫌われないようにする事は不正解。

むしろ、嫌われそうなことでも必要ならおそれずに言う、というスタンスが正解だと思っています。どこか空回りしていた人が進みたい方向に向かっているのを見ると、嬉しいんですよね。

 

他にもあるかもしれないけど、ぱっと思いつくのはこんなところ。

何十年も経った後に自分の人生を振り返ってみて何を正解とするのか決めるのは自分。

 

ただ、結局考えたいのは、これからどうするかというところです。

 

今、何ができるのか

 

“基本的に正解も不正解も無い”

となれば、現状で一番正解だと思うものを選び続けるしかないと思っています。

 

僕自身も、今の判断に100%の自信があるかというとそんなことないけど、現状で一番、最善の選択をとり続けようと過ごしてます。

そして、その判断軸や仮説の精度というのはきっと磨くことができる、、!

 

少なくともそれができていたら、後悔は無くなると思う。

後悔しない意思決定をし続けてチャレンジできている間は、楽しいことも、辛いことも含めて幸せなんじゃないでしょうか。

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