ココロの拠り所

くすぶっている人々にスポットライトを当てて「人生の主人公は自分」、そう思える人を増やしたい。逆境や失敗はバネにして、自分自身に問いかけながら前に進むためのブログ。

「楽しいんだけどどこか寂しい」そんなあなたはこれを失くしてはいませんか?

こんばんは!

 

最近やってること。まだあんまり出せないけど写真載せておきます

 

f:id:yosshie-A:20181213213154j:plain

 

寂しさの正体ってなんだろう?

あなたは最近、”楽しいんだけど寂しい・物足りない”

なんて気持ちになることはないですか?

 

 

それって大学生ならではかもしれません。

 

 

繰り返すけど、楽しくないことはないんだと思います。

 

 

 

普通に友達とご飯に行ったり、遊んだりもする。

他にも、サークル、旅行、遊園地、、

 

 

でも、「なんか物足りない…」

 

 

そんなモヤモヤをモヤモヤのままにしていると

「あの時、あれをすれば良かったな」

って後から思い返すことになってしまうかも。

 

 

振り返って本当に大事にしたかったことに気づく人はきっと多い。

 

 

人は何かきっかけがなければ、流されてしまう・惰性で進んでしまうものだと思います。

 

 

王道の人生のルートみたいなのが、別に学校で教えられたりするわけじゃないけど、ある気がしてしまって「とりあえずこう進むことになっているんだろうな」みたいな。

 

 

「とりあえず」「なんとなく」

じゃなくて、今、考えられることを考えるのって大事だと思うんですよね。

 

 

解決策は「ご飯できてるよ」的なやつ

小さい頃と比べて

幼少期は比較的楽しい記憶が多いと思います。例えば、公園で鬼ごっこして、秘密基地作って、なわとびして、とか。人はポジティブな記憶が残りやすいそうなので。

 

 

もちろん大学に入ってからも新しく楽しいことは増えますね。

 

 

・お酒が飲める

・時間とお金の自由度が増える

・生活のリズムを自分で決められる

 

とかかな

 

 

反対に、大学に入ってから失くなりがちなものって何かと言えば

 

 

”挨拶”と”思いやり”

 

 

なんじゃないかと思います。

 

 

『挨拶』と『思いやり』は身のまわりにありますか?

授業が一緒になって「おはよう」

とか帰るときの「じゃあね」

 

 

っていうのはあると思うけど、

家にいたときにあった

 

 

「いってきます」「いってらっしゃい」

「ただいま」「おかえり」

「いただきます」「ごちそうさま」

 

  

は一人暮らしとかだとなくなるだろうし

 

 

帰る時間は自由だし、バイトして自分の生活は自分で管理できるけど、帰るのが遅くても待っててくれるとか、家に帰ったらご飯を作ってくれてる、ってこともないですよね。

 

 

もし、家にいたとしても、家族と喧嘩とかをすると、そういう挨拶が少なくなりがちなんじゃないかと思います。そういうときは窮屈さを感じませんか?

 

 

挨拶ってそもそもどんな役割なのか、というと

出会いや別れの際のやりとりだったり、相手に対する敬意や感謝を表す言葉や行為のこと。

らしいです。

 

 

実際、挨拶があることもそうだし、言葉にしなかったとしても家に帰ったらご飯を作ってくれているようなことがあると、「気にかけてくれてるんだな」と感じられて温かい気持ちになるんじゃないかと思います。

 

 

そう考えると、人の温かさというのは家族みたいな関係性であり、それは挨拶や思いやりで作られるものなのではないでしょうか。

 

 

地元が好きだったことには出てみてから気づく 

地元を出てから久しぶりに帰ると、なんか安心しませんか?

 

でもその安心感は、家にいるのが当たり前だったときには気づきづらいものなんじゃないかと思います。

 

 

家に帰ったら待ってる人がいるとか

周りの景色が実は結構良かったとか

 

 

もし今そういうことに良さを感じるのなら、それは色んな経験をしてる一つの証拠なのかもしれない。地元を離れたり、今までしてこなかった経験をしているからこそ、過去と今を比べることができるわけだから。

 

 

なければ0から関係性を

どこか物足りなさや寂しさを感じたときに実家に帰ることは一つありだし、

とはいえ、しょっちゅう帰れることもないと思うので、新しくそんな関係性を作って行くのもありだと思います。

 

 

多分、一緒にいる時間が長ければ長いほど、誰だってそこそこ深い関係にはなれるんですよね。

それを、0から、新しく関係性を深めていく、というのは面白いチャレンジかも。

 

 

特に大学生にとっては、そういう人との関係性につくり方に時間を使うことは”今しかできないこと”の一つなんじゃないかと思います。

 

 

 

 

 

 

  

p.s. こんな雰囲気のものをつくりたい

https://www.youtube.com/watch?v=EYu2DPCF-d4

 

 

 

 

 

 

 

p.s.s.

理想は”今しかできないこと”を”これからもできること”にしていくこと 。

「誰でも彼でも出会えたらそれで良い」「とにかく偉くなりたい」とか

人をけなす人は厳しいけど、

『等身大の自分で挑戦』『非日常体験』『淡路島で居場所づくり』

とかにピンとくる人は構想と機会があるのでmessangerとかで連絡ください

ワクワクの質が変わる!"気づいたら行動してる1日" に切り替わる考え方

こんにちは!

 

最近の活動

 

 

 

 

…でいくつか写真を載せたいけど、まだ事情があって載せられないので1枚だけ

 

 

f:id:yosshie-A:20181126204127j:plain

 

 

ところで最近、

「毎日楽しいんだけど、何か物足りない」

と感じてたりはしませんか?

 

もしかしたらその理由は、楽しさの種類が受動的だからかも。

 

今まで、

大阪、東京、サークル、学生団体、スタートアップ、、

といった感じで、時にはガラリと環境を変えて、年齢も背景も目指してるものも違う色んな界隈の人たちと繋がってきました。その中で、いつまでも楽しく・そして充実した時間を過ごしている人には共通点があるなと思っています。

 

何かと言うと、「自ら与える」という考え方を持ってることです。

 

今回は、いま物足りなさを感じている人が、「もっと行動したい」と思えるようになればと思って書いてます。

 

誰かから受け取る楽しさと自ら与える楽しさの違いとは

”受け取る楽しさ”とはどんなものかというと、

 

本を読んで楽しい

サークル活動に参加して楽しい

旅行で綺麗な景色、おいしい食べ物を食べれて楽しい

 

など。

自分以外の誰か・何かが自分に働きかけて楽しい、という状態。

 

”与える楽しさ”とはどんなものかというと、

 

友達にプレゼントを渡したら喜んでくれて楽しい

おばあちゃんの肩を揉んだら喜んでくれて楽しい

主催した飲み会でみんなを盛り上げることができて楽しい

 

など。

自分から誰かに働きかけて楽しい、という状態。

 

小中高でも良いし、大学に入ってからでも良いし、ちょっと記憶を思い出してみてください。

あなたがこれまで楽しかったあれこれはどちらに当てはまりますか?

 

 

与えてる時の方が楽しい

同じ環境でも与える量と受け取る量は違う

サークルとか学生団体とか会社のような、ある集まりの中でも、一人一人の与えてる量、受け取っている量は差があるはず。

 

例えば、

・飲み会を企画する人、企画された飲み会に行く人

・サークル活動に誘う人、誘われる人

・新しく何かを提案する人、提案される人

   

そんな中で、与えてる量が多いメンバー(サークルの幹事長や企画を主体してるメンバーとか)はなんか楽しそうじゃなかったですか?

 

あと、”ボランティア活動”をする人もたくさんいますよね。何かお給料が出るとかでもないけどやりたいと思うのはきっとみんな楽しいから。

 

喜んでもらう量はいくら多くても構わない

人に喜ばれすぎて困ってる人を見たことがありますか?

 

「昨日は、友達と旅行に行ってきたんだ。めっちゃ下調べして色々と案内したらめちゃくちゃ喜ばれて感謝されてさ。

 

もう困った。最悪、、」

 

 

 

なんてことはないですよね笑

 

少なくとも、僕が二十数年、過ごしてきた中ではの僕の経験上ではまだ見たことないです。

 

ということは、人はそもそも誰かに貢献すること・与えることが楽しくなるようにできているんじゃないでしょうか。

 

人に喜んでもらおうと考えたらいくらでも成長する理由があるので次から次へと目標が見つかります。

 

 

どんな目的の集まりか

個人単位でもそうなんですけど、一つの集まり自体の中にも種類はあります。

 

外に向けて何か与える・貢献する目的のものもあれば、

内側に対して満足してもらうような目的のものも。

 

もし「物足りなさを感じているけど、与える側にすぐに回るのは今さら感があるかも、、」ということがあれば、外に向けて何かを与えることが目的の集まりにいってみることがおすすめ。

 

そこではみんなが与える側なので、周りがあなたを与える側へと動かしてくれることもあるはず。

 

 

仲間とは

一つの集まりの中でも色んな関係性が生まれます。

 

・先輩、後輩

・友達

・仲間

 

この中で、仲間について最後に書きたいと思います。

僕がコンセプトにしてる「人々に心の拠り所を与える」でも、心の拠り所とは仲間のいる空間だとしてるので。

 

あなたが誰かと一緒にいたいと思うとき、色んな理由があると思います。

 

打算的に考えることもあるかもしれない。けど、たとえ利害関係がなかったとしても関わりたい・一緒にいたいと思える時が必ずあります。

うまく説明できないけど、「なんか一緒にいたい」

みたいな。

 

その相手は多分、”仲間”なんだと思います。

そう思う人とは好きなものや嫌いなものが同じだったり、同じものを目指したいと思うのではないでしょうか。

 

 

 

 

あなたもぜひ仲間を見つけてみてください。一緒に誰かに何かを与えることをしてみてください。

 

誰かのために行動していると、きっと1日が全く違う楽しい時間になります。

虚しい日も、充実した日も、世界観が変わる日も。山も谷も一通り経験した今、思う ”成長とは”

f:id:yosshie-A:20181112074903j:plain

 

 

f:id:yosshie-A:20181112074841j:plain

 

f:id:yosshie-A:20181112074934j:plain

 

f:id:yosshie-A:20181112075004j:plain

 

f:id:yosshie-A:20181112075029j:plain

 

f:id:yosshie-A:20181112075050j:plain

 

f:id:yosshie-A:20181112075113j:plain

 

f:id:yosshie-A:20181112075130j:plain

 

 

 

f:id:yosshie-A:20181112075222j:plain

 

f:id:yosshie-A:20181112075236j:plain

 

 

約2ヶ月ぶりの更新です。どんな感じだったかというのを率直に言うと

 

 

カオスです

 

 

”カオス”とか中学高校の

時でも、というか今でもあんまり使わないような単語だけど

最近の自分を表すのには良い言葉かなと思っています。

 

脳内のイメージはこんな感じ

 

f:id:yosshie-A:20181112080314j:plain

 

こんな1枚の画像で表せるようなものでもないけど、、

 

信念を保てるうちに、いけるところまでいこうと思います。

 

 

スティーブ・ジョブズもこんなことを言っていました。

 

『人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。』

 

 

やっぱり人間、考え方次第だと思うから、壁にぶつかった時はいろんな人の考え方を取り入れてます。

 

それで、ちょっとまた書けるようになったので、こうしてブログにしています

 

今の僕が語れるのはサクセスストーリーではないけど

誰かに感動を与えられるようなものにもなっていないけど

 

もうちょっとだけ、

もうちょっとだけ足掻いてみようと思っているから

記録しておこうかなと。

 

 

そもそも、なぜまた書こうとなれたかというと

 

一つのきっかけはこの前、見に行ったTED×Kyoto。

もちろん元気をもらえたというのもあったけど、

そこで大切なものを思い出させてもらったような気がしました。

 

いまは退路も絶ったし、ここ最近は、いまが人生で一番リスクをとるべきだと思ってやってるけど

理不尽なことや思うようにいかない現実に対して、

いやーな感情も出てきたりしてて

 

でも別に助けてくれるだれかがいるわけでもないし

自分でどうにか変えていかないといけない。

 

「お前はダメだ」

っていう目で見てきた奴らを見返してやりたい

っていうのもある。

 

でも、

結局何のために生きてるんだっけ?

って考えたら

 

なんか、自分の軸、忘れかけてたなって

TEDのスピーカーのプレゼン聞いてたら思いました。

ライフセーバーの和田さんのプレゼン、心にささるので良ければどこかで聞いてみてください)

 

 

 

僕が好きなのは、人の成長とか変化で、

なんでかっていう理由の一つは

それが人の心を動かすものだと思うからです

 

そんな感じのことを書いた昔の記事でちょうどいいのありました。

 

careersekkei.hatenablog.com

 

これこれ。

 

”人はコントラストに惹かれる”

っていうやつ。

 

これにも少し関連するから、

ここで成長について考えてみます。

 

成長した状態とは?

 

「もっと行動してもっと成長したいな」って思ったりしますよね。

ところで、あなたにとって成長とはどう定義していますか?

 

そもそも成長したかしてないかを何を持って判断するのか?

それを僕なりに定義するとしたら、

 

・考え方が良い方向に変わる

・自分の感情とうまく付き合えるようになる

・できなかったことができるようになる

・人としての器が大きくなる

 

です。

 

4つめは抽象度高めだけど言いかえるとしたら「精神的に大人になる」です。

 

 

 

成長しようと意識してる限り成長しづらい

 

じゃあどのようにして成長すればいいのか?というと、

”意識して成長しようとしない”

これが一つ大事だと行き着きました。

 

これは努力しないということではなくて。

努力はもちろんするんだけど、努力した先の得たいものを意識するということ。

 

どういうことかというと、

得たいもの=成果

とするなら

 

成長するから成果が出る

ではなくて

成果が出るから成長する

でもなくて、、

 

成果を出そうとするから成長する。

 

これ!!

 

努力したってうまくいかないことなんて山ほどある。

努力したからって必ずしも夢は叶わない。むしろ叶わない人の方がほとんど。

 

でも努力してたら、少なくとも、必ず成長はしてる。

 

だからこそ考えよう

 

自分が心の底から得たいものは何かを。

 

 

で、吉田爽は結局どこに向かって行くの?

 

僕が周りに与えたいのはこれでした。

 

 

 

 

 

世界観が変わる

 

 

 

 

 

という価値。

 

能力が高いとか低いとか関係ない。偉いとか偉くないとかどうでもいい。規模が大きいとか小さいとかもどうでもいい。でも今より成長したら、見える世界が変わる。うまくいくことなんてないほとんどないかもしれない。うまくいかないことの方が断然多い。誰かから見たら虫けらみたいかもしれない。でも大事なのは、大事にしたいのは、面白い人生であるということ。つまらないよりかは面白い方が絶対に良い。成功体験も失敗体験も喜びも挫折も苦悩もそういういろんな経験をたくさん積むことによって、人の器は大きくなるはず。楽しいから頑張れるんじゃない。頑張るから楽しくなる。もともと優秀な人がうまくいくのは予想通り。勝手にどうぞ。社会の問題を解決したい?どうぞどうぞ。でも、元々は優秀じゃない人が、成長してて変化してて進んでたら面白い。できることが増えたら見えるビジョンも上書きされる。モノゴトの捉え方が変わる。哲学が磨かれる。そんな風に人をどれだけ幸せにできるか。そんな風に人の”世界観が変わる”という価値をつくりたい。生き様で魅せる人を増やしたい

 

以上。

 

こんなに書くことはもうないかもしれない。

 

p.s. オススメの歌。こんなイメージ

Mrs. GREEN APPLE - 青と夏

https://www.youtube.com/watch?v=m34DPnRUfMU

変化が楽しくない人はレールを外れようとしないでください

f:id:yosshie-A:20180918231932j:plain

 写真じゃ伝わらないけど異色の3人で作戦会議

良くも悪くも色々と人生、動いています 

 

 

 

こんばんは!

コミュニティをつくれる人をつくる、をテーマに活動中の吉田です

 

 

いきなりですが、人それぞれ人生観というか、どういう風にこれからやっていくかって全然違うと思うんですよね

 

 

20代のうちはだいたいこういうことをして、30代は、40代は、、

なんとなく自分の思い描いていることがあるはず

 

 

そもそも、なぜこういうことを書こうと思ったかというと最近、10年後、20年後、の日本とか世界とかその中で自分が何をやりたいのかっていう話を、ジャンルは全く違う人とだったけどしてて、めちゃくちゃ面白かったからなんですが

 

 

個人的に理想の20代の過ごし方を考えてみたときに、

 

 

あまり後ろを振り返らず、前のめりに、

「本当にこの進み方で良いのかな?」

っていうのを考えながら進みたいなと思います。

 

 

進みたいのは、きれいな道じゃなくて、、

 

 

日本ってある程度レールに乗っかっていれば、スムーズに進める道が用意されてると思うんですよね。”良い高校、良い大学、良い会社”って言われるやつ。僕はもう高校2年生あたりから「レールにうまく乗っからなきゃ!」と、自分からそこに行こうとしてました。そういう両親の計らいがあったからというのもあるけど、、

 

 

例えるとしたら、

舗装されてて、きれいで、めちゃくちゃ走りやすい。単純明快な道。

もうめちゃくちゃ見えてました。先が。

きれいな一本道でものすごくわかりやすかったんですが、

視界が狭くて周りの景色が見えない、みたいな状態。

だからもっと周りの景色も見て、他にどんな道があるか知りたくなったので、大学生に限らず色んな人に会いに行ったり、面白いイベントがないかと毎週探してました。

 

 

僕は、全然きれいでもない、障害物とか落とし穴とかめちゃくちゃあるような、道なき道を行くほうが、ちょっとしんどくても楽しそうに感じてそっちを選びたくなっちゃうんですよね

 

 

その方が障害物の避け方とか落とし穴の飛び越え方とか身につくし、

頑張らないと進めない方が、総じて生きる力が身につくんじゃないかと思うから。

 

 

攻略したいのは難しい人生ゲーム

 

きっと元々、頑張ることが好きな方で

とはいえ、ただ頑張ること自体には意味がなかったりもして。そういうことには後々気づくものかなとも思うけど。

 

 

どうせ20代の自分なんてちっぽけで、どんどん変わっていくものだから

1週間後の自分はまた今とは違う自分だったりする。

 

 

でもそうして積み重ねた1日1日が自分を作っていくと思うし、

そう考えると、振り返るのとかは30歳ぐらいにすれば良いんじゃないかと思います。

満足するのは今はまだまだ早い。

 

 

別に努力してる自分が偉いとかかっこいいとか、そういうのじゃなくて

努力すると楽しくなるからやってるだけ

 

 

生きてたら、色んなことがあるけど

嬉しいこと、辛いこと、

きれいなことばかりでもなくて、理不尽なこと、どうしようもないこと、闇の深いこと、たくさんあるけど

 

 

一周回って、楽しくやれればそれで良いよね、って思えたら良いんじゃないかな

 

 

それは楽(らく)していくというよりかは、難しい人生ゲームをどうやって攻略してやろうかと考えながらその過程を楽しむって感じかと思う。

自分で道を選んで進んで攻略していく方が面白い。

 

 

 

きれいな道を無意識的に選んでて、なんか退屈してたり、自分ってもっと難しい道でもいけるんじゃないかなと不完全燃焼してたり、一つの道しか見えなくて窮屈してる誰かがどこかにいるかもしれないから、

 

 

楽しみながらオリジナルのコースを開拓する充実感や楽しさを伝えていくのってどうですか?

自分の生き方で誰かの人生を動かしていきたいから

f:id:yosshie-A:20180913233258j:plain

涼しくなってきたし外でミーティング

 

f:id:yosshie-A:20180913233331j:plain

みんなでコンセプトを言語化

 

f:id:yosshie-A:20180913233504j:plain

今日は、もともと予定していなかったけど西正寺というお寺に行くことに

 

From 大阪駅のベンチ

 

こんばんは!

 

吉田です

 

今日も生きています。

 

最近はいくらでも話してられる、話が尽きない人と会える機会が増えて来て

こんな人が世の中にいるんだなーというのがもう素直に嬉しい。

 

今日は、もう構成とかぐちゃぐちゃだけど、

思ったこと、感じてることを書いていこうと思います。

 

 

 

 

今、僕が特に何を伝えたいかというと、

もっと、”生きる”ことに対して、貪欲に、楽しく、本気で、

向き合える人が増えたら良いなということ。

 

だって勿体無い!一回きりの人生なのに!

 

 

、、でも伝えたいことなんてないし、自分のことすら人に話したくなかったときもありました。

 

 

面白くもなんともなさそうだし、むしろズーンと重たくなるかもしれない。

自分の考えなんて知られたくなかった。。

それは多分、人とそんなに関わりたくもなかったから。

 

でも、人の幸せって誰かと一緒に過ごす中であるんだと思います。

 

どれだけ美味しい食べ物を食べても、綺麗な景色を眺めても、素晴らしい音楽を聴いても、

1人じゃ本当に幸せなのか、、?

 

あなたが心の底から幸せを感じる場面にはきっと周りに誰かがいるんじゃないでしょうか?

 

それは家族かもしれないし、友達かもしれない。

僕の場合は、仲間。

 

自分はここにいると、生きていると発信することで、その一緒にいたい誰かと会える可能性が広がるんじゃないかと思う。

 

でも、別に何かを伝えなきゃいけないっていう縛りはなくて。

 

だから、まず

 

何かを伝えたいのか? 伝えたくないのか?

 

伝えたいのだとしたら、伝えてどうしたいのか?

 

って考えていけばいいんじゃないかな。

 

たとえば、僕が最近よく聞く曲は「オワリはじまり」

これを1日の最初に聞くと、今日も1日終わったときに後悔のないように

生ききろうと思わされます

 

めっちゃ良い曲!!

最高!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とだけを伝えられたらもう十分かというと、、

 

 

 

 

 

いやいや、どうせなら聞いてほしい!

 

www.youtube.com

 

 

人によっては合うかはわからないけど、1日のはじまりに聞いてみる、というのを

試しにやってもらえたら嬉しいし、

自分にとって”後悔のない人生とは?”

を考えるきっかけになったら良いと思う。

 

それによってちょっとでも世界が広がったり、

良い変化を起こしたい!

 

要は、

人を動かしたい

 

自分の発信がきっかけで誰かのアクションが変わって、その数が増えれば増えるほど、

きっと繋がれる人も増える。

 

 

僕が一生の中で関われる人の数なんてたかがしれてるけど関わった人が

 

後悔しない人生を歩めるように

命を燃やしきれるように、それができるような

考え方、マインド、ゴール、なりたい自分、生き方、、

を与えていきたいと思っています。

 

ふと立ち止まったら、すごく楽な道もあるし、

そこではより考えることが少なくて、誰かが敷いてくれたレールに乗っていれば当分は良かったりするんだろうけど

 

気を抜いたらゴールに届かない

今はできないけど、今は持ってないけど、

これがあれば、もっとゴールに近づく。でもそれを得れるかどうかは今の自分次第っていう

毎日の方が断然楽しいなと今では思っています。

 

今日はそんな感じで。

 

おやすみなさい!!

もし朝起きた時に100歳になっていたら、あなたは何を思いますか?

こんにちは!

 

まだブログ記事アップロードしてないけど、ただいま、松屋で書いてます。

なんかわからないけど場所空けてあげたら知らないおじさんがやたら感謝してくれた。

 

ちょっとした気遣いって超簡単だけど自己肯定感上がって良いですね

 

ここ数日は、

 

 

 

f:id:yosshie-A:20180909120555j:plain

f:id:yosshie-A:20180909120628j:plain

 

淡路島へ。(淡路島っぽい写真とれてなかった)

 

 

 

f:id:yosshie-A:20180909120700j:plain

朝活。朝早すぎてカフェとか空いてないから駅の椅子で

 

 

 

f:id:yosshie-A:20180909121000j:plain

この前は、熊本の方でサイハテ村というのを作っている坂井さんや、尼崎でコミュニティ作りをしている藤本さんとお話しに行ってきた。

 

 

今まで自分には、”ロールモデル”という存在が身近にいなかったけど、”村をつくる” ということに関して目指したい人に会えた日でした。

 

Googleで調べて知っているのと、実際に会って話すのとでは全然違うし、自分より経験値も圧倒的に多い人から今後のヒントももらったし、

 

もう、やるしかない!!

 

まだまだそこまでの距離は離れてるけど、必ず、、!

 

 

あなたはどういう時に”生きてる”と感じますか?

 

飲み屋で話してる時には、”どんな時に生きてると感じますか?”っていう話になって

色んな人が色んな観点を持っていて面白かった。

 

僕は最近、別に何か大きなことを成し遂げたとか、そういうのは特にないけど、まだまだやれる気はするし、だんだん楽しくなってきた。

なんでかと考えたら、”今、生きてる” と感じられるからだと思う。

 

 

 

「死ぬ気で何かに取り組む」って言葉あるけど、、

 

よく、死にかけた経験をした人が、「生きてることのありがたみを感じられるようになった」

という話、聞きますよね。それって、”終わりを意識する”から今の大事さを感じるからだと思う。

だからこそ、命を有意義に使おうと改めて考えられるんだと思うし、きっと死がないと生のありがたみはわからない。

 

だから、例えば事故に遭うとか、身近な人の死にまだ直面していなかったら、いま自分が生きてることのありがたみってわからないのか、といえばそうではないと思っていて

 

”もう終わりが近いんだとしたら、自分は出し切れたのか?”

っていう問いを、終わりを意識して、

自分に投げかけた時に後悔しないように生きること。それが

死ぬ気で取り組むってことなのかなと思います。

 

簡単にいえば、自分の幸せに向かって必死にやってたら

「今、生きてるな」って思えるんじゃないかな。。

 

幸せのかたちは人それぞれだから、

村でも街でも作りたかったら作ったら良いし、理想の家庭を作るでも良いし

何か一つのスキルをとことん極めたいのでも良いし、

 

理想のゴールがあるのなら、それに向かって動く

ゴールがないのなら、ゴールを見つけることをゴールに動く

ゴールとか決めずに大事にしたいものを大事にしたいのならそれが続けられるように動く

 

 

 

 

もっと命を燃やして欲しいなと思う!

 

 

 

後悔したくないのなら。

「あの時の純粋に楽しかった時間はもう戻ってこないのかな」と考えている人へ

こんばんは!

 

軸が見つからないモヤモヤを解消する教育環境を作りたい、

吉田です。

 

f:id:yosshie-A:20180815225642j:plain

ミーティング in サイゼリア

バレずに写真に収められませんでした。。 

 

 

 

 

 

f:id:yosshie-A:20180815225704j:plain

地域で意欲的に動いてるメンバーで朝活。

メディア運営についてのディスカッション。

 

 

 

f:id:yosshie-A:20180815225722j:plain

お昼食べながらミーティング

 

 

 

 

 

f:id:yosshie-A:20180815225749j:plain

今朝は先輩から机もらいました。我が家に家具が増えて嬉しい

 

 

 

 

 

さっきまで天王寺モスバーガーで書いてたけど、閉店時間までに終わらず駅の椅子で書いてます。

 

その前は居酒屋で後輩と話してたけどまた写真取り忘れました、、

最近それ多いな、、

 

話を聞いてみたら、自分が2, 3年ぐらい前にぶち当たってた壁にいまぶち当たってるみたいで、

色々と経験談とか考え方とか話してました。

解決のヒントになったらいいな

 

その中で、あることについて、僕はあまり無理とは考えないけど、ほかの誰かにとってはもう無理、、というかもう再現する事ができないように思えてしまう事があるんだなと気づくことがありました。

 

それは何かというと、幼少期の楽しかった記憶

 

幼少期というか、中学高校ぐらいかもしれません。

 

例えば、こんな考えってありませんか?

 

過去の楽しい時代は戻ってこない。

大人になる程、辛い事が増える。

 

純粋に人と繋がれたり、部活で仲間と上の大会を目指して頑張る青春とか

そういうものはどんどんとなくなっていく。

 

みたいな。

 

僕は、あまりそうは思わないんですよね。

そういった経験はこれからでもできると信じています。

 

 

 

一番楽しかった記憶は、また繰り返せる

 例えば、振り返るといろんな楽しい思い出があると思うけど、

あなたは何を思い出しますか?

 

僕は、小学校3,4年生ごろが一番楽しかったですね、、

クラスのムードメーカー的な感じだったし、親戚とかもいつも笑かしてました。

(いや、親戚の笑いのハードルが低かっただけかもしれない、、)

あの頃の友達とは一生一緒にいるんだと無意識的に感じていたし、毎日遊んでとにかく楽しいことしかなかった。

 

楽しかった時は誰かと何かをやっている事が多い気もする。

 

ただ、そういう、”前みたいな楽しい時間は今後はやってこない”

と思ってしまうことがあるのは、当時、一緒にいた人は時間が経って、年齢も重ねて、変わってしまっているからなのかもしれません。

 

確かに、大学に入ってからとか、昔の友達に会うと、めっちゃ変わっててびっくりする事ありますね。数年前、10年前、とかと何も変わってないということは逆に少ないんじゃないかと思います。世の中の暗い一面など色々と知っていくからなのか、、

 

でも、そこから時間が経って少し大人になっても、純粋に楽しいことやワクワクすることに向かっている人は必ず世の中にいます!

「そんな人なんてほとんどいないよ」

と思ってしまうのはきっとよく一緒にいる周りの人がそういう人でないだけ。

 

人は、周りにいる何割かの人の特徴だけを見て、世の中だいたいそんな人ばかりだと思い込んでしまうことがしてしまうことがあるようです(Friendship Paradox:多数派の錯覚 というそう。)

 

そして最初から、前みたいに一緒に楽しくやれる人とは出会えない、と諦めてしまったら、本当に出会えないと思う。

 

僕はただ流されていた時は、そういう人たちとの出会いはなくて、退屈ったのでちょっと知らないことにも飛び込んで動いてみました。そしたら、実際にすごく面白い人たちにも出会えたし、殺風景だった毎日に充実感が出てきました。

 

ブログ1記事目の自己紹介を読んでもらったらわかると思うけど、

僕は小学5年生を境目に良くない方向に変わってしまって、それからずっと小学4年までの楽しかった時期がまた戻ってきて欲しいと思いながら、やってきた気がする。

 

まだ100%とは言えないけど、あの時みたいな楽しさはもう戻ってこない、と諦めたくはないし。

 

あと、高校では同じクラスにUくんやSくんというとにかく面白いクラスメートがいて、

小学校でちょっとつまづいて、中学高校でも若干引きずってしまったけど

そんな僕を色々と面白いことに強引に引きずり出してくれました。

おかげで高校最後の3年I組、楽しかった。

 

だから今後は、その時のUやSみたいに自分も楽しい機会を与えられる人になりたいな、とも思っています。

 

そう考えると将来のことも色々あるけど、過去の楽しかった記憶をまた再現したくてやってるところも割とあるなあ。

 

つまり、何が言いたいかというと、 

 

学生を卒業したら、昔みたいにはもう戻れない

なんてことは決まってないので!

 

”昔みたいな楽しいことはこれからもたくさん待ってる”

 

そう思って過ごしてみると、そんな機会も舞い込んでくるんじゃないかと思います。

 

 

p.s. 8/25、26に丹波篠山で地域のお祭り密着型合宿イベント、やります!

キーワードは、

お祭り、銭湯、地域で活動してる面白い人たち、交流、自然、自己成長、、

プレイベントとしてインタビューイベントも企画中

気になる人はこちらから読んで見てください^ ^

http://personality-finder.pagedemo.co

/* */ @import url("http://hatenablog.com/theme/6653586347153366095.css"); /* */ /* */ /* default */ /* */