元 超ふわふわ系でもロジックが必要だと思った話
こんにちは!
吉田です。
2018年2記事目。
最近は、家に人がよく泊まりに来たりとか、そこでアイディアとか構想を共有することが増えてきました。

昨日の晩ご飯は梅田の地下にある「ローマ軒」へ
量が多くてオススメ。

この前は、縁あって知り合った大学生と色々とできそうだね、という話に。
僕の残りの学生期間もどんどんと減っているのですが、そこでふと
"時間が解決してくれる"ということについて思うことがありました。
「時間が経てば良い方向に向うはず」
「何か問題があっても時間が経てば自然と解決される」
僕はそれに対して、本当にそう?と疑問に思います。
あなたはどう思いますか?
例えば、僕自身、途中まで大学生活がとても長く感じていました。春休み、夏休み、なんてまるまる1ヶ月ぐらいあるし。
「そんだけあれば何かやっていれば自然と何事もうまくいくんじゃないか。」
そんな気持ちで過ごしていたら
…何にもなりませんでした。
僕の場合は別に時間が解決してくれるってことは無かったです。
それって要は、考えてることに”ロジックの無い”状態だったと思うんです。
自分自身を振り返るとロジカルシンキングって元々苦手でした。。
というよりかは、あえてそうやって考える事を放棄していた気もします。
ロジックがちがちだと何か冷たい、、
あなたは、ロジカルシンキングは好きですか?
僕は、論理的なことに対してどこか冷たい印象を持っていました。
多分、幼少期の家庭環境も影響しているんだと思います。
例えば、論理的に考えたり、しゃべることに対して、「つまらん!」
という空気が、母・妹にあったり
(父はむしろそっちの方が良い派だったんですが、、)
そんなところから自然と超感覚派の人間になっていったんだと思います。
「論理的」なのは、「つまらない」から「面白い」に
でも今はロジックがあることに対して面白いと感じます。
例えば、将来やりたい事について。
大学4回生途中ぐらいまで僕は超ふわふわとしていました。
「夢が見つかれば自然と叶うはずだ、、!」
というのが持論でしたが、
「本当にできる?本当にそう?欠けてる視点があるよな。。」
と、今では思います。
今は、その夢とかやりたい事を考え、それを実現するロジックを組み立てるのが面白い。
いや、それを組み立てるだけじゃなくて、実際にカタチにしていくこと。
カタチにできそうな時点でもそこそこ面白いけど、やっぱり結果として実現しないと面白く感じられない気がしています。
そんな感覚になってきました。
論理的に考えてみることで気付くこともたくさんある
論理的に考えるようになって、色んなことに気付いたり、将来の設計をしたり、ということができてきたので、ロジカルシンキングに対する抵抗感もなくなったんだと思います。
きっと世の中には、しっかりと”考えれば”気付くことがたくさんあります。
人生の中で今はどういう期間なのか?
日本の社会はどう変化していくのか?
今、どういう状況におかれているのか?
などなど、考えてみるのも面白いです。
また、何か問題を解決するとか、実現したいとなったときに、
たいていの場合、意外とそのための時間は少ないんじゃないかと思うし、
そういう状況であれば、きっと論理的に考えてみることで気付けます。
もし
【何となく行動していたら時間が解決してくれる。うまくいくはず、、!】
というものがあれば、
これが
【こんな風に行動していたらこんな流れで実現できるはず。ああ、時間が足りない、、!】
になったら。
それはそれで面白そうじゃないですか?
そんな感じで、今日は論理的な思考について思っていることを書いてみました。
もしあなたがふわふわしてると感じるときがあれば、ぜひ考える時間をとってみてください。筋道立てて考えることでモヤモヤがスッキリするかも、、!